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店長 森下優子

店長の森下優子です。

私共の真珠をとおして癒されたり華やいだりと日々の潤や、愛、絆、思いを伝えるお手伝いが出来ればという思いで制作しております。

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真珠の歴史-和珠の来た道とゆく道について

 真珠の歴史はとても古いものです。真珠とはそもそも天然の貝の成分から生成されるものですので、世界各地で環境や条件が整い次第ごく自然に、私たちの前にその姿を現してきました。とは言っても悠久の大自然が時間をかけて作るものですから、人が手にできるケースはとにかくまれであり、いつの時代でも貴重な宝として細々と採取されていました。文明の発祥の地ではどこでも真珠を宝として扱い、調査や記録によりエジプトでは紀元前3000年、中国では紀元前2000年もの昔からその影が見え隠れします。貝殻由来の天然成分ですから飲用にすることもあり、溶かして薬にしてクレオパトラも重宝したと伝えられるほどです。

真珠の歴史

解熱作用があり、日本でも薬として使用されてきました。
 その日本での真珠のあり方は、やはりそれを産み出す大自然への恐れや感謝を含んだ、細やかな心の象徴であると言えるでしょう。日本の歴史への真珠の登場は遠く万葉集にさかのぼることができます。その名を織り込んだ歌がたくさん登場し、私たちの祖先がその輝きや希少性にいかに魅了されてきたかをまざまざと見ることができます。日本産のあこや真珠を現在でも「和珠」と呼びますが、これは世界各地の特色ある真珠たちのどれとも違うものという誇りを込めた呼び方であり、ひときわ私たちのふるさとの産出する高品質のものとして大切にされてきた証です。

日本産のあこや真珠を「和珠」と呼びます

 海外に出向く際、日本という国を象徴するぴったりの品として、ことさら「和珠」がおすすめされるのはこういう背景があるからなのかもしれません。世界中で産出される真珠ですからどの国の人もその希少性はすでに知っている、そこに日本独自の厳しい自然が育てた和珠をあえて贈る行為は、日本をよく知らないかもしれない相手の方にもきっと印象深く届き、互いの国や環境に思いが及んで話を紡ぐ助けともなってくれるはずです。

 若狭湾で採る真珠というのは、すなわち真珠生産の北限という意味があります。冷たい、厳しい海の環境をゆりかごとして育つ、他にないきめの細かさを持った、ここだけの真珠です。
贈り手の心とともにその輝きがきっと相手の方の心にも強く響くに違いありません。
真珠を通して国を越えて触れ合える、分かり合える、そうした可能性があるならやはりそれを最大限に活かしてみたい。古来、人のそばに寄り添って静かにずっと輝きを受け継いできた小さな粒は、現代という時代にもその力を発揮し、さらに未来に向けて人々をつなぎ支えるものとなっていくでしょう。

若狭湾で採る真珠

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